「あー、それ知ってる」に潜む危険性

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(ポエムだよ)

僕は最近特に「あー、それ知ってる」という言葉を使わないようにしています。なぜかというと、その言葉を発した時点で、頭と心が素直に物事を受け入れられない状況になっている恐れを感じるからです。

極論を言ってしまうと、「そんなこと昔から知っているよ、なにを今更」という自惚れですね。自分でもよくあるなぁと自覚しています。場合によってはその時点で聞く耳を持たなくなってしまいます。

残念ながら「知っている」という事と「できている」という事は違います。そして「やり続けている」となると更に大きな違いになります。素直にアドバイスやヒントを受け入れないことで、大きなチャンスを見逃している可能性もあります。でもこれってすごく勿体無いことだと思いませんか?

先日行った勉強会でこんな話が出ました。

レシピ通りにつくっているのに美味しくない料理ができるのは何故か

レシピには材料も使用量も作り方も載っています。レシピ通りに作れば基本的に同じ味の料理ができるはずなのに、そうならない場合があります。その理由として以下の5つが挙げられます。

レシピ

1.レシピが理解できない

2.レシピを理解した気になっているが実は理解していない

3.レシピを理解できたが正しく実行できていない

4.レシピを正しく実行しているつもりで実はできていない

5.そもそもレシピを無視している

1と3については解決法は結構単純で、読解力を上げたり練習したりして理解力や行動の質を上げれば良いだけです。

ただちょっと問題なのが2と4の状態です。これを打破するためには、まず自分の「できている」と思い込んでいる色眼鏡を外さなければいけません。これが大変なんです。なにせ自分はできていると思っているわけですから。その壁を壊すのは自分一人の力だけでなく、外部からの衝撃が必要になる場合が多いです。

外部からの衝撃とは友人のアドバイスであったり、参考書籍であったり、勉強会だったりしますが、ここでこの記事のタイトルでも述べた「あー、それ知ってる」という言葉が大きな障壁になると僕は感じています。「そんな当たり前のこと前から知ってるよ」という思考回路になってしまうと、喩え物凄く的を射たアドバイスだったとしても、自分の偏ったフィルタによりその情報は知識になること無く排除されてしまいます。

この言葉を「へー、なるほどね!」に変えるだけで新たな知識として頭の中に入ってきます。このように外部からの情報や警鐘を素直に取り入れることによって、自分の色眼鏡のせいで遠ざかっていたゴール地点が明確に見えるようになる事があります。「そんなバカなー」なんて思うかもしれません。あまりにも単純すぎて騙されたように感じるかもしれません。でも、別に損するわけでは無いので一緒に騙されてみませんか。

最近、今までとは違うジャンルの本を読んだり、人の話を聞いたりすると自分の持っている知識などホントごく一部のものだなぁと感じます。いろいろな事を知れば知るほど、自分は本当に世界のことを何も知らないんだなぁと打ちひしがれます(すみません、そこまでではないです。大げさに言い過ぎました)。だからこそ、もし以前に聞いたことのある情報だったとしても素直な気持ちでそのまま聞き入れることで、知らないことを前提で新鮮な気持ちで取り入れることで、また新たな学びが得られるのではないかと考えています。

ん?5についての解説が無いって?そもそも5を選択するような人たちは突き抜けたオリジナリティを持つ人だと思うので、このブログには来てないなかなぁと思って・・・。

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