人間が努力をするその理由


みなさんはなぜ努力しますか?

もちろん世の中には努力を嫌う人も居ます。でも多くの人たちは、何かしら自分を向上させたいという気持ちがあるからこそ、本を読み、セミナーに行き、実践し自己研鑽を重ねているのだと思います。ストリートファイターVの腕を磨くことだって立派な努力です。

でもその努力の源泉となる理由をまじまじと考えたことってありますか。

僕は普段からよく、「意識していないと気づかない」と言っていますが(聞こえてなかったらスミマセン)、人に努力をさせる要因を理解しておくことで、「なぜ自分はこの努力をしているのか」の理由付けがはっきりして、行動の後押しに繋がります。
 

本題に入ります。人間を努力させるのは広い意味での「不満足」が原因となります。この不満足は大きく2つに分けられていて、

1.自分(自分の内面)に対する不満足
2.外界(自分の外の社会)に対する不満足

1は自分の能力(ステージ)が低いことに関する不満足で、2は世の中の不条理さに関する不満足です。これを解消するために、人は努力の方向へ向かうか、逃避の方向へ向かうかを選択するわけです。
 

ちなみに2の不満足に関しては、自分では直接的にどうすることもできません。自分の能力(できることや思考)を向上させることで、間接的に世の中に対する不満足は減少していきます。ただ毒づいていたってなんにも変わりません。変えられるのは自分のスキルと認識力だけです。
 

自分の認識の幅についてはこちらの記事を参考にしてください。

あと、この記事の「現象に意味づけするのは自分」という項目の箇所(スライド16枚目)ですね。

 
というわけで、2の話はこれで終わりにして、1の努力の話に戻しましょう。
 

多くの人はなんとなくわかっているんですが、どうしても認めたくないことが自分の能力の低さです。自分の無力さを認めたくないから、外部環境に文句を言うんです。文句を言ったからといって、なにが変わるわけでもないのに。

というわけで、そんなことをしている暇があったら、本を読むなり、誰かに会いに行くなり、文章を書く練習をしたり、スピーチの練習をしたりと、従来の自分ではやっていなかったことに積極的に取り組みましょう。ストVの腕を磨くことだって立派な努力です。
 

なお、努力をする際の注意点ですが、「辛いけど楽しい」と感じられるのであれば、それは正常な努力です。どんどん邁進しましょう。逆に「辛いだけ」なのであれば、それは誤った努力です。単に自分を戒めるだけの苦行で、やり方(方向性)が間違っています。

文章難しいけど、知識が広がっている自覚がある。筋肉痛辛いけど、ベンチプレス70kgレッグプレスで140kg上がるようになった。人前で話すの得意じゃないけど、チャレンジしてみたら意外と好評だった。このような現象であればOKです。苦痛しか感じなければ、少しでも楽しみを感じられる方法を考えましょう。マゾなんだったら止めないけど。

そんなわけで今月末に、楽みながら、文章力が上がるかもしれなくて、つい怪しい壺が欲しくなってしまうかもしれないセミナーを開催します。

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とはいえ、自分の能力が上がれば上がるほど視野が広くなって、(そのジャンルで)自分よりレベルの高い人の凄さが痛感できて、追いつけ追い越せでいつまでもゴールが見えないという世界が続いてるんですけど。

*このコラムはオンラインコミュニティ「ギガ盛りブログ飯」内の投稿に加筆修正したものです。