こんにちは、鬼嫁です。『春は手術でI’ll be back』も、なんとか3回目の更新となります。前回は、このシリーズのキーマンとなる人物「サタン(B産院の院長)」との運命の出会いをレポートしました。「サタンって誰?」「I’ll be backって何?」という方は、前々回 および 前回 のブログをご覧下さいませヽ(´▽`)/
ここからサタンの、真の実力が発揮されます。きっと今後は、サタンのファンになってしまう読者が続出すると思います。鬼嫁という主役を食ってしまうほどの、名バイプレイヤー・サタン。
俳優で例えるなら平泉成?柄本明?はたまた大杉漣?・・・誰でもいいけど、とにかくサタンは、脇役ながら物凄い存在感を放っていたわけです。(お菓子だったらスッパムーチョ、漫画のキャラだったら「ドカベン」の岩鬼🌱)
「ドカベン」の主人公・山田太郎よりも先に、目に飛び込んでくる岩鬼。学帽は頭の一部らしいです。
それにしても、昭和の番長って、なんで葉っぱとか楊枝とか、植物をくわえがちなんでしょう?知ってる方がいたら、こっそり教えてください!
おっと、だいぶ話が逸れてしまいましたが、件のサタンも、葉っぱと学ランが似合うようなキャラクターでした。今回のブログは、鬼嫁を混乱に陥れるサタンのこだわりについてお話ししようと思います。では、皆さんと一緒に記憶を遡っていきましょう!
サタンの天敵・・・それは 『帝王』
さて、前回の記事でもご紹介した、母親学級の最終日。事もあろうに、院長(サタン)の講和に共感・賛同しまくった私は、最前列の席をキープしました。相撲で言うところの「砂っかぶり」ですね。啐啄を軸とした「院長イズム」を、くまなく全身に浴びたいという心意気がビシビシ伝わってきます。
そして開始時刻。おなじみの作務衣でバシッとキメた院長が現れました。院長は「俺はデジタルとか使えるんだぞ。他のジジイとは違うんだぞ。どうだ、カッコイイだろう」感を滲ませながら、PowerPointで作った資料をスクリーンに映しました。そして一頻り「啐啄」について復習をしたあと、強い口調で こう言い放ちました。
「ウチで産むなら、自然分娩で産んでもらう」
「自然分娩じゃない人は即、他の産院に移れ」
「悪いけど、ウチは帝王切開やってないから!」
え、ええ。・・・確かに、私も自然分娩を望んでいますし、普通にお産した方がいいに決まってます。多分ここに集まってる妊婦さんもみんな、そう思ってるんじゃないかな〜。。。( ̄▽ ̄;)
そして院長は、露骨に嫌な顔をしながら、昨今の出産事情をグチりだしました。
院長「ここ数十年、どこもかしこも『母子の安全・母子の安全』の大合唱。
ちょっとでも不安があると、すぐに手術、すぐに帝王切開ってさ!
まったく、ヤンなっちゃうよ!」
その気迫に押されて、「お、おぅ・・・」となってしまった私ですが、その後も院長の主張は続きます。
院長「明治や大正の おっ母は、手術なんてモンがない時代に
自然分娩で5人も6人も産んだんだぞ?
オペ(手術)が入ってきてから、『訴訟』だの『告訴』だの
ロクな事がない。だからウチは、帝王切開やんないの。分かる?」
産婦人科も企業努力が必要?!
そして院長は、プレゼン用のリモコンをシャキーンと取り出し、『帝王切開率の推移』とタイトルを冠したグラフをスクリーンに映しました。5年単位の棒グラフは、全国・県の数値ともに右肩上がり。しかし、そこに重なる「当院」と書かれた折れ線グラフは、低い値を直線的に保っています。
「ここ20年で、全国的に帝王切開率がグーンと上がってるのが解るだろ?でも、ウチは戦後からずーーーっと毎年、1割程度に抑えてる。そのための独自メソッドも編み出していて、ウチで産む人には必ずその方法をやってもらってる。結果を出すには、一般の企業と同じように企業努力が必要ってわけだな」
と、ドヤ顔の院長ですが、周りの妊婦さん達の反応は「やれやれ、また始まった」みたいな呆れ顔で、ケータイをいじったり、寝てて話を聞いてない人もチラホラいました。地元の産院という事で、既に事情を知った上で通院している人が大半で、地元民ではない(私のような)人間は少数派だったのかもしれません。
そんな中、後ろの方から「メソッドとか、企業努力とか、ちょっとコワくない?」というカップルの会話が聞こえてきました。私もその点に違和感を抱きましたが、それよりも何よりも、なぜ独自メソッドを開発してまで、自然分娩にこだわるのかがメチャメチャ気になってしまいました。こうなってくると、もう一瞬たりとも院長から目が離せません。私は様々な仮説を立てながら、院長が執拗なまでに自然分娩に執着するようになった原因をあれこれ妄想しました。
蓮舫さんより3年前に時代を先取りした女
ぼんやりと院長のバックボーンに思いを馳せながら授業を受けていましたが、突然、院長がべらぼうに面白い事を言い出したので、妄想をピタッと止めて授業に集中することにしました。それは「当院は、1970年代から県内の自然分娩率の3位以内に入ってるんだけど、まだ1位が取れてない。あと一歩のところなのに」という、忸怩たる思いが漏れ出した男の苦しみを語ったセリフでした。そして、県内1位 への熱い思いを、鼻息荒く語り出しました。
・・・え? ・・・え? ・・・え?
自然分娩率が県内1位になりたいから、こんな資料まで作って、母親学級を2コマも使って、独自のメソッドまで構築したんですか? ほら、もっとこう、ドラマチックな・・・例えば、一世一代の恋に落ちた女性を帝王切開で亡くしたとか、自然分娩について研究を続けて来た父親の遺志を受け継いでるとか、帝王切開を極めた医大時代のライバルとの因縁が続いてるとか、そういうの期待してたんですけどーーーー!!
つーか、それこそ「2位じゃダメなんでしょうか?」ですよ。あれ、蓮舫さんが発言するより3年前に、私が心の中で叫んでましたからねwww。
まあ、それにしても、「県内」1位ってのがショボいというか、中途半端というか、残念というか・・・。
今となっては、この「目指せ県内1位」というフレーズが、この産院を象徴しているかのように思えます。このプレゼンしかり、院長の人柄しかり、外観やイルミネーションしかり、全てにおいて残念で中途半端で、「一事が万事」というのは正にこの事だな〜と 、しみじみ感じ入る今日この頃なのでした。